CAMEROON

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1997年3月15日成田を日航機で出発,チューリッヒ経由でカメルーンの首都ヤウンデに16日到着,西の商都ドウアラから20日に北に向けて出発し,Founban,Mape ダム,北辺のBanyo,Sanaga 川上流貯水池のある Tibati,中央アフリカとの国境に近い Meiganga,丘に囲まれ水に恵まれた Betare Oya, 東の主要都市 Bertour を経て,5泊6日2000kmに亘る強行軍であった。この間,ベッドのない日が2日間,携帯のミネラルウオーター以外に水のない日が2日間,朝から食べるものがなくバナナばかり一日食べていた日,等々苦労の連続であった。それ以上に辛かったのは道路の悪さで,埃まみれになりながらやっと最後の夜のBertourの市内の舗装道路にたどり着き,旧ノボテルだというホテルにたどり着いて,今日こそ本物のシャワーを浴びるぞ,とチェックインしようとすると,「この三日間,市の水道設備に部品不足から断水状態です,市長さんも水を使うことが出来ないのですからガマンしてください」と言われたときには,思わずレセプションのカウンターの前で,へなへなと崩れおれてしまった。

1980年代には銅の生産で景気が良く,アフリカ一の経済を誇ってきたカメルーンも,90年代に入って一次産品の値下がりから経済が悪化し,政府には全く経費を支出する能力がなく,政治に対する悪評が渦巻いている。今年10月には大統領の任期が切れるが,現在国会は閉鎖されて大統領の再選への策略から,いつになったら総選挙が行われるのか,見込みがつかないと言う。

マラリアが猖獗を極め,多くの日本人が罹患し,笹口大使の夫人までマラリアに罹られた。ここは熱帯マラリアで,手当が遅れると死に至る危険性がある。


カメルーン全図

Yaunde−Douala 間 詳細図




丘に囲まれてサハラ砂漠からの砂塵に煙る首都ヤウンデ



写真


 Yaunde-Douala 間議論が起きている木材運搬

 Yaunde - Douala 間の国道脇の Sanaga川にある Edea 水力発電所

Sanaga 川支流 Mbam 川の固定式フェリーの横断箇所,上流に Mape ダムがある

  Sanaga 川支流 Kim 川 の中流部,これを横断するための中国無償援助による橋

Betare Oya の80mを越す Mari 川の滝の下で


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