Israel in February 1999


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1998年10月に続いて2回目のイスラエル,パレスティナ訪問。1999年1月30日中国昆明での仕事を終えて,北京よりスイス航空でチューリッヒ経由,2月1日午後,テルアビブ空港に降り立つ。前回は,オルブライト国務長官の訪問で騒がしかったが,今回は直前にアメリカのイラク攻撃があって,テルアビブにもしばらく渡航禁止,やっと解けたところであった。数日前に高村外相がヨルダンからヨルダン川西岸のラマラを訪問してアラファトと会談した直後で,ラマラで泊まったホテルも,高村さんがしばしの休息をとった Grand Park Hotel に5泊した。今回は前回行けなかったジェリコを訪ねて,遺跡や死海を見ることが出来た。ちょうどジェリコに行った日は,フセイン国王が危篤状態でヨルダンに物言わぬ帰国をした日で,悲しみとともに,何か起こるのではないかと,インターネットを通じてニュースを探った。新国王のお后がパレスティナ出身でベツレヘムが故郷とか,ラマラのパレスティナ人も親しみを込めて,悲しみの中,大いなる新しい期待を持っている印象であった。時間があって,パレスティナの官僚と親しく談話を楽しんだが,例えば,ガザの空港を作るとき滑走路の長さが足りずイスラエルの管理下の土地に食い込むので,夜こっそり拡張したとか,航空機が着陸するとき邪魔になる木を深夜にこっそりと切ってしまったとか,西岸の村と村を結ぶ線上を小道があるからといってパレスティナ側の区域に指定させ,見つからない内にブルドーザーを入れて急遽道を造ったとか,まるでイスラエル人はイソップ物語の狐の役を,このパレスティナでは,果たしている。難しい政治の中で,まるで朗らかなパレスティナ人を見た。


写真集


テルアビブ

テルアビブ,Grand Beach Hotel からマンション群を望む,すべて太陽光パネルが見える
テルアビブ,Grand Beach Hotel の正面,特別割引で一泊80$程度
テルアビブ,Grand Beach Hotel から地中海を望む,煙突は火力発電所
テルアビブ,Grand Beach ホテルから地中海を望む


パレスティナ・ガザ地区
霧に煙るエレツ検問所,検閲を受けるトレーラーの長蛇の列,そこまで徹底した検査
ガザ地区の市街地,一段と車が増えた,最近この地区に国際空港が誕生した
ガザ地区の市内,高層建築物が建ち始めている,アラファトさんの家は小さいまま

エルサレム,ラマラ

ヨルダン西岸の中心地ラマラの新規開発地域,まだそのあたりは掘り返されたまま
ラマラで会議中に出された昼食,最も家庭的なメニューと紹介された
ヨルダン西岸の山岳地帯を貫くイスラエルの道路,イスラエル入植地を結んでいる
エルサレムのマンション群,この日は珍しい嵐の日で,車から出られず
「オリーブの丘」から眺めたエルサレムの旧市街地,丘の上には瀟洒なホテル

ジェリコと死海

遺跡 Hashin Palace の入り口,1200年前のモスレムのもの,モスクや浴場がある
遺跡 Hashin Palace, ジェリコの町の中にある,ジェリコは人口約2万人
ジェリコの郊外,Tel-ALsultan の遺跡,約1万年前の世界最古の都市遺跡の一つ
Tal-Alsultan 遺跡の近くにあるキリストの謂われのある「誘惑の丘」,聖書にあるそうな
丘よりジェリコの町を眺める,向こうに見えるのはヨルダンの山々,フセイン国王死去の日
ジェリコの近く,死海の最北端部,浜まで降りていって水をなめてみたが,飛び上がるほど辛かった

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