Peru in 1998


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1998年8月末よりペルーを訪ねる。1996年の12月からいろいろなことがあった。公邸の人質事件が,丁度私の誕生日,1997年4月23日に,あの劇的な軍の突入によって解決を見て,あれから約1年5ヶ月,日本のペルーに対するODAも再開の運びとなる。1996年8月に訪ねて,ペルーの人々にも,「12月には来ますからね」,と告げながら,今日に至ってしまった。首都リマは,あいも変わらず活況を呈しているが,人質から解放された人々が,「随分車が増えましたね」と言われたように,やはり2年前から見ると車も増えている。しかし,2度とあのような事件が起こると,たちまち日本の援助も止まってしまうので,慎重には慎重を重ねたペルーの訪問であった。今は静かなたたずまいを見せる旧公邸の側を通って当時に思いを馳せる。いろいろなエピソードを聞かされた,制圧が完了した時点で隣家より掘られたトンネルから公邸に入ろうとしたフジモリ大統領が「行くぞ!」と叫んで思いっきりガラス戸に衝突したとか,隣家から深夜に救急車が出て警備本部に入って行くがその車から土がこぼれていて関係者を震え上がらせたとか。しかし,いずれにしても日本人を守るた めに凶弾に倒れたペルー軍の大佐や他にも数人の兵士に重傷者が出ていることを聞くと,全く何かして感謝の意志を表さなければならないと痛感する。

今回は,南のタクナの海岸を訪れたが,水がいかに貴重かを,改めて実感した。水に対する価値観では,頭では分かっても,なかなか肌で理解することは困難で,実際に現地を訪れてみなければ,その実感は分からない。

まずはペルーの地図を眺めてください。


ペルー全図

南のチリーとの国境 タクナ市付近



マイアミより飛び立って5時間,東側に標高8000m級のアンデスの峰峰が


車が増えて混雑するリマの近代的な中心街


都市を一歩出れば砂漠である,日系2世の方が日本で鳥取の砂丘を見ろと誘われて,
「なーんだ,砂場じゃないか」と叫んだそうだ


タクナの東を流れ下るロクンバ川,河床だけ青く,山は一木の草木もなし


閉塞流域として古代より湛えた水の利用に踏み切ったのは日本人
アリコータ湖 標高2800m


同じくアリコータ湖,下流の人々の灌漑用水と飲料水を支えている


標高4500m近辺の道路を走る,平地を囲む山々


ロクンバ川に沿ってロクンバの町が広がる
9月14日には3日間連続で飲み明かすお祭りがあるとか


下流の海岸沿いに住む10万人以上の人々が,このか細い水路に命脈を託している


ポンプ上のパイプの漏れ口からの水を取って西瓜を育てようとしている


南の州都タクナのメインストリート


今は静かな旧日本大使公邸


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