私の主張02

ー 穏やかな民族,そのラオスで何が起こっているのか ー

(1999/11/14)


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今朝,1999年11月14日朝,いつものようにヴィエンチャンタイムスのホームページを何気なく開くと,不気味な夕焼け雲に彩られた,ヴィエンチャンを象徴する寺塔の写真を背景に,「10月26日,民主化運動で逮捕された私の同級生と先生に捧ぐ!」と言う文字が飛び込んできた。最近のニュースからも,ヴィエンチャンで何かが進行しているとの予感があったが,果たして事実はどうなのか,私の経験からも,世界でもっとも穏やかな民族,と考えている国が,今後,変化して行くのだろうか。一抹の不安の元に,これからのラオスにとって,どのように対応すべきなのか,私の考え,と言うよりは,思いを述べたい。


1. 最近の新聞報道について

最初の一連の新聞報道の火蓋が切られたのは,11月3日のタイの新聞,The Nation の紙上であった(991103G)。報ずる所によると,10月26日,ラオスの祝日でメコン川で伝統のボートレースが行われる日,朝10時頃,6人の学生運動指導者と教師が秘密警察によって逮捕され,それから日をおいて,15人,更に25人と逮捕されていった,と言うもので,同じ日にロイター電(991103T)は,ラオスの外務省の公式見解として,この報道を否定している。更にこれを追いかけるように,The Nation は,11月4日の紙面で(991104J),ヴィエンチャンの大学などは,既に政府にその動きを察知されて,逮捕の数日前から,秘密警察の監視下に入っており,学生が運動を開始する前に,一般の人々が気づかないままに,電撃的に逮捕されたものだ,と言うものである。学生達は,現内閣のタイ人と議会の解散を要求し,その後の自由な選挙を主張していたとしている。

その直前,11月1日には,ロイター電がラオスの経済を特集し(991101Q,991102Q),ラオス経済の危機的状況を説明した。問題は,年150%を越すハイパーインフレと,今年の9月の1週間の間に5000から9000に急激に落下したラオス通貨キップの対ドルレートである。この対ドルレートは,ラオス中央銀行が,3ヶ月預金に限り利率を60%とする,との緊急手段で,今では7000から8000に落ち着いているが,姑息な対策で,今後は不透明,との認識である。97年のGDPキャピターが400ドルであったものが,タイの不況の影響を受けて人口5百の国で今年は300ドルに落ちる。更に記事は,ラオスの惨状を数字を挙げて解説しており,平均寿命が,インドシナ地域では69歳であるのにラオスは53歳で,アフリカの平均52歳に極めて近い,経済改革を進めようとしないラオス政府に苛立って,世銀は毎年50百万ドルの支援を20百万ドルに減額してきた,と言う刺激的なものである。


2.ラオスを取り巻く関係者の態度

数年前に日本の新聞記事で(どこかに保存したが出てこない),日本の岸首相の時代に,ラオス政府は公式に日本政府に対して,ボロベン高原(南のパクセの東,標高800mの高原で,お茶の産地)をそっくりそのまま日本人に提供するので移り住んできて欲しい,是非とも日本人の勤勉さをこの国に移植したい,との申し出があり,当時両国で真剣に検討されたとの報道である。また,1974年頃,間組と日本工営の人々がヴィエンチャンの北でナムグムダムを建設しているとき,パテトラオの軍隊が北から攻め下ってきて,当時の政府軍と交戦状態となったが,両軍は相談して,「あの地域は我々のために日本人が一所懸命発電所を造ってくれている,あの地域では戦争はやめようよう」と合意して,戦闘の中を日本人は無事に発電所を完成させた。当時の日本工営の人々の話を聞くと,夜日本人が寝静まってから,ラオスの労務者達は,日本人を起こさないように気を使いながら,手に持つツルハシを銃に替えて,戦闘に参加していったという。

1991年にラオスのルワンプラバンでメコン委員会総会が開催された。立ち上がって発言を求めたフランスの代表は,「ラオスの森林は世界の財産だ,ラオスの人々よ,君たちは森林を大切にしてくれ,切ってはならないぞ」と,ラオスの森林保護を訴えた。このときの一瞬白けた雰囲気の中で息を殺すラオスの代表の人々の顔を,すぐ近くで見ながら,これは日本人には言えないなあ,との思いがあった。世界の木を切って発展してきた先進国の代表の中にも,必ずしもこの発言を支持する発言が出なかったのは,じっと我慢して聞いているラオスの人々への思いがあったに違いない。

私が分からないのは,環境NGOや国際金融機関のラオスに対する動きである。ナムテン2の環境批判に集まって世銀の融資に反対した人々は,何千億円というお金を,中国やベトナムのダム開発には貸しながら,小国ラオスをいじめ尽くす自分たちの姿に,何を見ているのであろうか。もし心底,地球の環境を思い,水没する人たちを救うという一念ならば,死刑を覚悟で中国に乗り込まねばならないし,ビザが出なくても,ハノイの空港に押し掛けて訴え続けるのが,信念というものではないだろうか。中国では何もできなくても,ラオスならば死刑になることもないから,ここで活動しようと考えているならば,何とも恥ずかしい話である。


3.ラオスに対してはODAの原則論は適用できない

東南アジア,特にインドシナ半島にあって,ラオスは特殊な国だと思う。学生の逮捕が例え事実であっても,ラオスの政府の人々が,本気で学生運動を弾圧しようとは思っていないだろう。勿論,民主主義の原則を守らせると言う大義名分が,西欧を中心とした協力国にあることは事実だが,軍事政権によるクーデターを起こす国とは基本的に違っていると思う。ODAの基本は自助努力を助けることだが,この国にこの原則が適用できないから援助は難しい,と言う理屈は成り立たないだろう。今度の問題で,新聞の論調は,社会経済改革がこの政府では十分でないから,援助を減らして行く,と言う流れがかかれているが,このような一般的な言い方は通用しない。事実,キップが如何に不安定な動きをしているかは問題としても,一般の経済活動には殆ど影響を与えていない。新聞の論調も断っているように,キップによる生活を保っているレベルは,食料が殆ど自給している状況では,実際には大きな影響を与えていない。

勿論,ラオスの国の人々の国として,或いは民族としての主権を大事にする必要があるが,たまたまタイとの間が国と国との国境となっているために,国としての自主性を要求する必要はない。経済圏として殆ど完全にタイに飲み込まれているし,ラオスとしてもその事実に抗うことは考えていないだろう。タイの経済進攻に対抗して,日本が全面的に支援してくれるならば,一緒になって巻き返したいと考えている人もいるが,殆どの人はそのようなことは考えていない。少なくともエネルギーの問題については,そのような観点から眺めてみたいと思う。バンコクという強大な需要地に,豊富な水力エネルギーを包蔵している近傍の電源地帯なのである。そこに,タイ民族のしたたかな交渉戦略があるとしても,それは域内の一つの駆け引きで,数年後に予測されるタイの電力危機には,ラオスの水力が大きな役割を果たすはずだ。

以上

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