私の主張03

ー 水力のKWとの葛藤,タイに分かって貰うには ー

(1999/11/15)


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40年間,水力の経済性にこだわって悪戦苦闘してきたのは,一体何だったのだろうか,ふと疑問が頭をかすめる。関西電力にいるときは,企画にプロジェクトを取り上げて貰うために,ピーク時間にこだわったり,KWhだけしか買わないよ,と言われてがっくりして自席に帰ってきた同じ情景が,またまた国際協力の場でも繰り返されている。タイのEGATが,ラオスの水力のピークの価値を買ってくれない限り,水力の優位性を説明することは難しい。水力評価の固有の問題点だ。どのような経過をたどって,今,買電単価の交渉が,ラオスとタイの間で行われているか,これを解説しながら,自説を主張してみたい。


1.タイのラムタコン揚水の激論

今,日誌をひもといてみると,1989年10月の終わりであった。タイの首都バンコクで,贅沢にチンチンにクーラーで冷やされた会議室で,EGATの系統企画部長と二人でにらみ合っていた。それは,開発調査の要請のあったラムタコン揚水の問題で,彼は,池の容量は4時間で十分だという,私は,最低でも6時間,場合によっては週間調整を入れて8時間必要だと言う立場。どこか日本でやった議論を,またまたここバンコクで繰り返しているわけである。部長は,「アダチ,これを見よ,どうしても夜の4時間ピークが,消えるどころかどんどん高くなって行く」と言うのである。

添付の需要カーブを見ていただきたい,下の方が当時の需要カーブだが,企画部長の言うとおり,明らかに夜の8時から12時までのピークが際だっている。97年の一人当たりGDPが2,540ドル(日本は33,230ドル)なので,10年前はおそらく1,000ドルぐらいであったのであろう。私は,「こんなものは,今のタイの経済成長ならば5年もしない間に消えてなくなる,これは明らかにナイトクラブの需要ではないか,そんなものが5年も10年も続くわけがない」と更に食ってかかったが,考えてみれば,将来の需要の形が変わってくると言うことを分析して議論したことは,日本ではなかったから,喧嘩別れになってしまった。

2.ナムテン2の負荷率論争

1991年に,UNDPのお金でラオスのナムテン2の水力の初期のFSが,豪のSMECの手で完成して,更に調査を続けるために,ラオス政府が関係の協力機関や関係国の代表を呼んで,5百万ドル,何とかしてくれと言う会議が,今のビエンチャンのランサンホテルで開催された。私はメコン委員会の代表として,そこに出席していた。SMECによって示された案は,最大出力で60万KWで,負荷率が殆ど100%であった。私は立ち上がって,「ここは200万KW以上は出る地点だ,どうして60万に押さえるのか,将来増設の準備はしているのか」と迫った。この地点は非常に経済性がよいので(7,000平方kmの水を流域変更で400mぐらい落とす),彼らはどう料理しても大丈夫と踏み,タイと議論にならない受け入れやすいKWhだけの水力を提案してきたわけである。

長らくこの60万KWと言うSMECの案は変更されることなく,その後のIPPの嵐に放り出されるわけであるが,今年1999年5月頃の新聞報道で,「ナムテン2は90万KWに大きくされた」という記事を見た。たまたまラオス訪問中であった私は,この件をラオス政府電力局のソンブン氏と話し合ったが,彼は最近,EGATがピーク時間を15時間に変更するように要請してきた,と言った。そこでもう一度需要カーブを見ていただきたい。1998年の需要カーブは,「ナイトクラブ需要」はそのまま残っているものの(勿論大きくなっている),見事に昼の8時間ピークが上がってきて,この山を二つ足すと,今EGATの言う15時間ぐらいになるのである。ここまで来ても,しかしまだ,すぐそこに迫っている8時間ピーク時代の幕開けが読めないのであろうか。

3.8時間ピークは文明社会の固有値?

朝9時にオフィスが開いて皆一斉にエアコンのスイッチを入れ,12時に1時間休んで,夕方5時に退社のためにエアコンのスイッチを消して行く,これが現代社会の典型的な電力需要の主要な部分だ,と断定的に言ったら,いろいろ異論が出そうである。一緒に研究していた日本工営の荒木さんと池田さんは,「これは分かりやすいですね」と言ってくれたが,同じ議論を,パキスタンの水力をやっている日本工営の野中さんと塚原さんにしたら,塚原さんは,「足立さん,これが顕在化するためには,やはり一人当たりGDPが2乃至3000ドルを超さないといかんのではないか」と解説を加えて下さった。なるほど,パキのGDPは今400ドル,現実の混乱を考えると,8時間ピークが顕著になるまでには数十年かかりそうな感じである。同じ話を得意になって,東京電力の横澤康浩さんにしたら,「足立さん,知ってるか,ヨーロッパにはこれがないんやで」,「そんなことないだろう!」と意気込んだら,「地域の電力連携が発展していて,時差を利用してフラット化を図っている」,「なるほど!参った!」

電力需要というのは不思議なもので,タイのように電化率が100%近くになって電気が全国に行き亘っても,その70%以上がバンコクの需要で,しかも家庭需要よりもオフィス需要が際だって大きい。大なり小なり,同じことが各国で言えるので,日本でもおそらく,関電の領域をとれば,京阪神に集中して,他の地方の電力はとるに足らない,と言えるのかどうか,一度調べてみよう,おそらくそうだろう。だから私は,人類のために,包蔵水力を生きている間に出来るだけ多く開発しておくためには,大都市として発展して行く地域を捉えて,水力を準備しておくことだと思っている。農村電化は,その意味では,国際協力のアクセサリーにしか過ぎないのではないか,もっともアクセサリーがなければ綺麗に見えないけれど。

4.KWを買って貰うためには

タイはKWを買ってくれない。今,確かにEGATは,ナムグムやトンヒンブンで昼間のエネルギーに若干の上乗せをしているが,KWを買うという意識はない。水力は,余程の経済性が良いところでなければ,この8時間のピークを無視されたのでは,経済性が成り立たない,しかも8時間を,である。これは供給側にも意識の点で問題があり,KWを買って貰うためには,ただ漠然とピークを出していたのでは駄目である。ピークを買うと言うことは,その分だけ,代替手段である火力の建設を減らすことが出来なければならない。いつ倒れるか分からないような水力では,国内の火力設備を減らすわけには行かないのである。そういう点で,水力側も供給信頼度を如何に保つかの工夫が必要であるし,それを相手に納得して貰わなければならない。我々若い頃は,L5出力と称して,月に25日間供給できれば,その出力を火力代替と見合いで,KW価値を認めるという手法が一般的であった。今の国際協力では,20年或いは30年間程度を通じて,95%の信頼度が要求されるであろう,そうしてそれを説明しきらなければならない。

タイは,97年以来の経済危機を乗り越えて,回復の基調にあると,ニュースが囃し立てている。事実,経済成長に先行して,電力の伸びがこの1年間で6%を越したと報告されている。国内の石炭火力に大気汚染の問題を抱え,ガスの供給もインフラの整備やパイプラインの環境問題で,電源の目処が十分に立っていない。おそらく5年以内には,再び電力危機が訪れる可能性が大である。今から,このような水力の価値を十分に研究して,そのときに対処する必要がある。

以上

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