Three Gorges Dam Project
中国・三峡ダム

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私は三峡ダムの現場を見ていないが,常に関心を持ってその進捗を見守り,特に着工した1994年以来この3年半は,内外のニュースをつぶさにモニターし,手に入る文献は出来るだけ目を通すように努めてきた。詳細を知るには難しい立場にあるが,他のプロジェクトで悩んだ経験も含め,その焦点について自分の意見をまとめてみたい。特に最近現場を見てこられた森田久則氏の意見を大いに参考にさせていただき,且つ森田さんが入手された貴重な図面類を使用させていただいた。ここにお礼を申し上げます。


  1. 三峡ダム計画の概要
  2. 三峡ダムを取り巻く最近の世界のニュース
  3. 三峡ダムの基本的な論点

1. 三峡ダムの概要 [HOME] [Power] [ThreeG]


中国南部の大河揚子江(流域面積180万平方km,流路延長6,300km)の中流,流域面積約100万平方km(年間總流出量4,510億トン)の地点に,高さ185m,堤頂長約2,310mの重力式コンクリートダムを新設し,最高水位175m,總貯水容量393億トン,有効貯水容量222億トンの貯水池から,1機当たり最大使用水量毎秒600トン,700MWの水車発電機26台によって,最大出力1,820万KWを生み出し,更に,6月から9月の洪水期には水位を30m下げて56億トンの調節容量を運用し,下流の10年に一度の洪水を100年に一度に下げ洪水調節を行う,ダム直下式の多目的ダムである。

この計画の構想は,1919年には既に当時の中華民国政府の産業計画の中に顔を出している。大戦直後1945年,この開発のために一時米国の開拓局が動いたことがあるが,内戦に突入して一時その議論も中断された。1949年には,毛沢東が殆ど国土を制圧したが,この年の7月9日に大洪水が起こり,下流の堤防が決壊し,更に1954年には洪水のため3万人が死亡した。政府は当初4つの支流にダムを建設する案を検討したが,本流にダムを建設しなければ有効に洪水に対処出来ないとの結論となり,1969年には,三峡ダムを建設するとの決意のもとに本格的な調査が開始され,その準備の意味も含めて下流調整池としての Gezhouba ダム(約272万KW)の建設を決定し,1970年着工,1988年完成している。1989年には三峡ダムのFS報告書が完成し長い議論を経て,1992年4月の全人代で着工が決定し,1992年12月基本設計は完成,1993年7月政府が承認,1994年12月14日正式着工の運びとなった。

1994年12月14日に着工した本計画は,1997年半ばにも河川の仮締め切りを行って河水の切り替えを行い,2003年に一部が運転開始,2009年には予定の全機が運転を開始する工程である。現時点での総工事費は約300億ドルで,このうち約70億ドルを外貨に頼ることとしている。




流域全体図 森田氏より提供の中国政府作成のパンフレットより借用(以下同じ),クリックして下さい。


着工前のダムサイトの全景,右岸より下流を望んだものと思われる。


完成予想図,左岸(画面右)に1万トンクラスの舟運のためのドックが見える。洪水吐は中央。



ダムの断面図,下方に第2の洪水用のゲートを設けて排砂を行う設計である。クリックして。



2. 三峡ダムを取り巻く世界のニュース [HOME] [Power] [ThreeG]


私は,1994年半ばより,三峡ダム計画に関する世界のニュースを追っかけてきた。世界の耳目を集めた大規模計画であるため,一般のニュースソースも詳細にその成り行きをレポートしているが,あくまで一般的なもので技術的な見解は含まれていない。この中から如何に技術者としてその本質を読みとるかは,非常に難しい。各年毎にまとめてある。(著作権の問題があり,事実の報道のみのニュースに限定しています)


このニュースの中から,重要なニュースを時間の順に簡単にまとめてみた。

  1. 1994年11月26日, 着工を間近に控えて50以上の国内業者が,それぞれの分野で名乗りを上げている。
  2. 1994年12月14日, 世界の報道陣が着工式の模様を報道,出席した李首相の大号令を伝える。
  3. 1994年12月19日, 全工事費300億ドルのうち30乃至40億ドルの外貨調達が必要となるだろう。
  4. 1995年02月11日, 300億ドルのうち100億ドルは一般市場から調達必要,うち30億ドルは外貨となろう。
  5. 1995年02月21日, 今世紀最大の渇水のため揚子江中流で200隻の船が航行不可能になり経済的打撃。
  6. 1995年02月22日, 米国の人権擁護団体が強制移住に反対し,外国企業の投資中止を呼びかけ。
  7. 1995年08月23日, 世界銀行が三峡ダム以外の4つの発電プロジェクトに4億ドルの融資を決定。
  8. 1995年09月18日, 経団連を主体とした財界のミッションが三峡ダムに対する全面的な協力を表明。
  9. 1995年10月13日, ホワイトハウスが米国企業の資金協力は,環境問題から,行うべきでないと声明。
  10. 1995年10月25日, 日本電機メーカー4社(日立,東芝,三菱他)が共同で発電機器の入札に応ずることを表明。
  11. 1995年10月25日, 中国紙が,米国の資金協力反対の表明は,中国にとっては大きな問題でない,と非難。
  12. 1995年11月02日, 仮締め切りのコンクリート打設が開始され,新しい段階に突入したと当局声明。
  13. 1996年03月20日, 政府は26台の発電機のうち12台の入札を,今年第2四半期に開始すると発表。
  14. 1996年05月29日, クリストファー国務長官,米国が三峡ダムに協力すべきでないとの立場を確認。
  15. 1996年05月31日, 米国輸銀,米国企業の融資保証の要請を,環境問題に関する情報不足を理由に拒否。
  16. 1996年06月04日, 中国政府,環境報告書を発表,環境対策と計画の有効性を協調。
  17. 1996年06月16日, 発電機入札に関して中国が,政治状況を考慮すると,日本勢より欧州勢有利とコメント。
  18. 1996年07月18日, 中国政府,米国の環境問題を武器とした反対に,内政干渉であると反撃。
  19. 1996年10月11日, スイス政府が移住問題を中心に,三峡ダムへの協力を表明。
  20. 1996年11月08日, 日本輸銀が12月にも三峡ダムの発電機入札への融資保証を認める決定を行うと表明。
  21. 1996年11月10日, 中国政府が膨大なセメントと鉄筋の国際入札を,来年2月にオープンして業者決定と説明。
  22. 1996年11月26日, 日本の通産と輸銀が近く現地に調査団を派遣すると発表。
  23. 1996年12月16日, 日本政府,輸銀を通しての融資協力と貿易保険でプロジェクトへの協力を決定。
  24. 1996年12月17日, 日本の環境庁が協力への懸念を表明。
  25. 1996年01月13日, ウイグル族の移住反対のニュースを伝える,北京でもこれに関連治安に不安。
  26. 1997年02月17日, Financial Times 入札状況を解説, Short List 提示は今年半ばか
  27. 1997年03月19日, 中国政府,ダムサイト付近の10万人の移住を開始する。



3. 三峡ダムの基本的な論点 [HOME] [Power] [ThreeG]


1997年5月時点に於ける世界の関心事は,今年半ばにも予想される12台の水車発電機の入札業者のショートリストの発表である。この入札は,昨年12月18日に締め切られたもので,世界の6グループの参加者があるが,日本は日立,東芝,三菱,伊藤忠と組んで日本グループを形成し,入札ぎりぎりに協力を表明した輸銀と通産省の結論を背景に,背水の陣で望んでいる。米国は結局,環境団体が訴訟も辞せずとの強い態度から,輸出入銀行の融資保証が得られず,欧州グループに参加することでGEが入札に顔を出している。

中国政府は現在,全く隔離された場所で見積もりの評価を行っているが厳正に秘密が保たれており,欧州勢有利の下馬評の中にありながら,何も情報が漏れてこないことに一様に焦りを見せている。大方の予想は,金額や内容の問題もさることながら,環境への反対や政府の融資保証の態度を秤に掛け,且つ世界の政治情勢も考慮に入れた結論になるであろうと,考え,李首相のパリ訪問の動きまで神経質になっている。

このように,環境団体やメーカーも含めての世界の注視の中,今年の11月にも河川の切り替えが行われる予定であり,水没移住も含めてプロジェクトは重要な岐路にさしかかった。生態系の問題や古代遺跡の問題は甚だ難しく,ここに至れば,如何にして被害を最小に食い止めるか,何処までそれらの対策費を見積もるかの技術的な問題となり,これに対する中国政府の取り組みを見守る他はない。しかし,130万人といわれる水没移住と100万平方kmの流域面積に中でのダムに対する土砂の問題は,我々ダム技術者の大きな関心事である。

(1) 水没移住の問題

水没移住の問題は,最近のウルグイ族の行動を伴った反対運動が気になるが,基本的には中国政府は真剣に取り組んでいると考えて良い。水没移住対策に50億ドルをつぎ込む考えであり,全体工事費(300億ドル)の6分の一の数字は,我々がメコンでパモン計画を検討したときの移住費の割合に相当し,これまでにない真剣な取り組みと理解できる。これは,州都が二つ,県庁所在都市が11,市町村が114,工場が1600,すっぽりと水没し,合計130万人が生活根拠を失って移住しなければならないと言う,史上最大と行ってもよい大規模移住計画に対するものとして,金額的には妥当なものであろう。

しかし問題は,移住計画の立案とその実施の方法で,お金をつぎ込めばよいというものでなく,移住後問題が起こらないように如何に計画を進めて行くかの技術的な問題が今後の重要な課題となる。この点で果たして中国政府が個々の移住者の個別の条件をきめ細かに考えて行けるかどうかには大きな疑問を持つ。河川切り替えを年末に控えて,早速10万人の移住が必要だが,果たしてそれだけの肌理の細かい移住がこの短時間に出来るかどうか,問題は大きい。

米国の反対の意向はよく分かるが,結局米国の反対で被害を被るのは移住する人々ではなかろうか。この計画を潰す機会はもう失われたと言ってよく,今後の反対運動はますます移住者に不利になるような気がする。そういう点で,スイス政府がいち早く移住計画への協力を申し出た点は,スイスのメーカーの立場があったとは言え,時宜にあった判断であったと思っている。

日本の場合も,輸銀や通産が支援を決定した段階で,他の関係者が反対の意向を表明することは,移住対象者にとってマイナスとなりこそすれ,プラスになるものは何もない。この移住計画では,移住する人々を雇用するための工場,ひいては企業の設立が重要なテーマーとなっている。この点に,日本のノーハウを活かす余地があり,今後は適切な技術協力を行って移住計画を成功させる方向での国際協力の道が残っているものと思われる。


(2)土砂の問題

大規模ダムは土砂の問題が避けて通れない最後の環境問題である。それはダムの上流にも下流についても言えることである。中国側の解析によると,流域面積108.4万平方kmのダム地点に於いて,年間流入土砂は5.3億立方mと見積もられており,年間0.53mmの土地が削られて行くという推定である。この数字はやや少ないが,雨量が比較的少ない土地ではこの程度なのであろう。今回問題となるのは,貯水池の耐用年数の他に,下流への土砂流送の遮断による浸食の問題と,貯水池上流端の背砂現象による洪水時の水位上昇を伴った周辺村落への影響であろう。

現地を見てこられた森田久則氏の主張は,ダム固有の規,模ではなく流域面積との比較に視点を置いて評価しなければならないと言う意見である。私も森田さんの話を聞いて全く同感なので,この点を技術的に敷衍したい。

森田さんはアスワンハイダムとの比較で話をされた。私は黒部ダムとの関係から意見を述べる。この三峡ダムでは,流域100万平方kmから流出する年間総流入量は,平均年で4500億トンと計算されており,これを受ける有効貯水容量は約220億トンである。これに対して黒部の場合は,ここに正確な数字はないが,約1.2億トンの流入量に対して有効容量約1億トンである。即ち,黒部の場合は殆どの年間流入量をダムの中に溜め込んでしまう能力を持っているが,三峡の場合は,ダムに溜め込む能力が殆どゼロで,流れてきた水を殆どそのままの形で下流に流す流れ込み式に近い容量となっている。だから,河川全体に対するダム建設の影響と言う観点から見れば,黒部は甚だ大規模な計画であり,三峡は河川に比べて小規模の開発という見方が出来る。一般のジャーナリスティックな報道を見ると,「大規模計画だから当然河川環境に与える影響も大」との論評が多いが,これは河川全体に与える影響という観点からは誤りである。

このことは,三峡の場合,設計を工夫することによって流送土砂を出来るだけダムの中に貯めることなく,殆どそのまま下流に送り出すことが可能である。この点を設計図とダムの運用計画で見ると,クレストの洪水用ゲートの他,ダムの下方に幅7m高さ9mのゲート23門を有して,洪水時期の6月から9月まで水位を満水位の標高175mから30m下げて標高145mで運用する計画となっている。これは発電能力を落とすこととなって経済性は悪くなるが,長い目で見たときの貯水池内の土砂堆積の影響を考慮し且つその環境への影響を考慮すると,全体的には有利となるであろう。

しかしこの設計が意図通りに機能するかどうかは慎重に見極める必要があるが,浮遊土砂の割合(約98%)が極端に多いとは言え,貯水池内の流路が長いので,上流端の背砂の影響を避けることは難しく,中国側もこの点を考慮して上流地点で現在標高194.3mの土地が199mまで上がる場合を想定して補償交渉に臨んでいる。

ここで私は一つの疑問を持つ。中国側によると,このダムの大きな目的の一つは下流の洪水防御で,従来10年に一度の確率で起きていた出水に匹敵する量の洪水は,100年に一度に減らすことが出来ると説明している。例えば,森田氏が例に出されたアスワンハイダムや黒部ダムでは,ダムの規模が流入量に比べて大きいので洪水調節は効果的である。しかし,三峡ダムでの洪水調節は難しく如何にして流れ込み式に近いダムでどのように洪水調節を行うのか,この説明が一般の資料にはない。


運用計画から読みとれるのは,洪水期に水位を30m下げて,この分の約60億トンの容量を使って洪水調節を行うと言うことであろう。しかし,例えば毎秒平均5万トンの洪水に対処するには,60億トンでは40時間分で,100万平方km地点の洪水が40時間で収まるのかどうか,疑問が残るが,この辺りは洪水波形との関係で,もう少し詳細な資料が欲しい。それと,洪水期に常に水位を30m下げておくことは,電力のメリットから見れば大きな損失で,観測網がしっかりしていれば,もう少し賢い運用が出来るかも知れない。


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